インタビュー

「客先常駐しているSEはすぐフリーランスになれ」SE界へ下剋上。

「客先常駐しているSEはすぐフリーランスSEになるべき」

そう語るのは、元社畜SEの宮城浩さん。

以前より語り継がれているSE業界の3K(きつい、帰れない、給料が安い)
今もなお3Kの噂は絶えません。

そんなSE業界で社畜人生を送り、フリーランスへ転向、さらにはエンジニア向けのキャリアコンサルタントをしている宮城さんにお話を聞きました。

「稼働月450時間」「年収300万未満」壮絶な社畜人生を送っていた沖縄時代

ーー沖縄にいた頃は大変苦労したようですね。詳しく聞かせて下さい。

宮城さん:完全に社畜でしたね。会社に良いように使われていました。(笑)

でも私自身ブラック企業に務めていたという実感はないです。
実際稼働時間は多かったですが、残業手当も貰えていたので、給料はそこまで悪くなったです。

色々学べることも多かったので、転職そのモノは考えていましたが、今は耐える時なんだと自分に言い聞かせていました。

ーーではその耐える時を耐えてから、フリーランスに踏み切ったのですね。

宮城さん:実はフリーランスになるキッカケ(不満)が2つありまして、それは社内の表彰制度でした。

自分で言うのも恥ずかしいですが、社内での評価は良かったです。
新人の頃に、「新人賞」「最優秀賞」「プロジェクト賞」を頂いたのですが、この「プロジェクト賞」が「新人賞」「最優秀賞」を獲ったからという理由で外されたんです。

ちなみにその該当プロジェクトにはとても思い入れがあり、炎上案件を掛け持ちしながた私がキーマンとなって進めていたプロジェクトだったので、逆に「プロジェクト賞」が欲しかったくらいです。

これが1つ目の不満です。
今後も同じようなことがあるんだろうな、と思いやる気を無くしました。

2つ目が、「最優秀賞」に関してです。
「最優秀賞」には副賞があり、ネットの情報を見ると10万円ぐらい貰えるとの情報を見ていました。
当時の私は10万円なんて大金でしたので(今でも大金ですが)とても期待していました。

ところが、実際は1.5万円です。
さらにそこから源泉など引かれて、1.2万円です。
この段階で完全にやる気がなくなり、会社への期待もなくなりました。

そう思ってからは、スグに転職活動していましたね。

ーー初めはフリーランスではなく、転職を考えていたのでしょうか。

宮城さん:初めは大手の転職サイトに登録して探してました。
沖縄から出ようと思っていたので、沖縄以外で探していたのですが、沖縄出身という理由で提示される年収も低かったりして、モヤモヤしていました

そこで転職サイトに頼らずに自分で探した方が早いと思い、知人に職がないが聞きまくりました。
もちろんコチラ側の条件も提示して、それに合う仕事を探しました。

ーーそれでは知人の紹介からフリーランスになったのですね。

宮城さん:そうなんです。
知人に聞きまくった結果、なんとか仕事を見つけることができました。
沖縄の時と同様、常駐SEでしたが、初のフリーランス案件となります。

ーーいきなりフリーランスになりましたが、不安はなかったのでしょうか。

宮城さん:フリーランスでやっていける自信はあったので、特に不安はなかったです。
それに実際の業務は、今までやることは同じで、ただ常駐先が変わるだけなので不安はなかたですね。

フリーランスになり家賃滞納・・・このままじゃ腐る

ーー晴れてフリーランスになりましたが、収入面は上がりましたか。

宮城さん:はい。もちろん上がりました。
年収アップが一番の目標でしたので。

でも年収があがり浪費が増え、家賃を滞納してしまう事件が発生しました。
遊びすぎましたね

それがトリガーとなり、このままでは腐るという思いからブログを始めました。
それが「社畜SE」というブログです。

初めは収入目的で初めたんです。
特に顔出しもせず、社畜豚のアイコンを使用してました(笑)

キャリアコンサルは自分に適していた

ーー「社畜SE」のブログでは収益が発生しなかったのでしょうか。

宮城さん:「社畜SE」ブログは特に広告等は貼っていません。
理由としては、広告は貼ってしまうと読者が欲しいと思う情報が見にくくなってしまうことと、どうしても信頼性に欠けてしまうと思ったからです。

当時は「社畜SE」を見て頂いた方の個別相談も行っていました。
今こそキャリアコンサルという立場でセミナーを実施していますが、初めはメールのみでやっていました

そこから徐々に実際に会って個別相談しているうちに、個別ではなくセミナーをやってしまおう、ということで今に至ります。

ーー個別相談が初めラインのみでやっていて、実際に会って個別相談をするようになったキッカケはなんだったのでしょうか。

宮城さん:単純にその人に会ってコンサルして見たいと思ったからです。
SNSの世界のみではなく、実際に会ってその人と会話することで見えてくる部分もあります。
そしてコンサルしたら、コンサル後もバックアップしたいという思いから、実際に会って色々お話を聞きたいと思いました

またフリーランスになってその後の人生については常に考えていて、フリーランスだけでは収入的にも限界があると思っていたので、何か別の収入源としてスモールビジネスを考えていました。

キャリアコンサルタントはまさにそのスモールビジネスとして自分に合っていて、話ことが得意だったので上手くマッチしました。
現在もセミナーを定期的に行っていますが、やはりフリーランス化に悩んでいる方は多く、毎回多くの人が受講して下さいます。

なぜ沖縄だと安いのか?納得がいかない

ーー宮城さんはピラミッド構造の崩壊をテーマに活動されていますが、実際にはどういうものなんでしょうか

宮城さん:冒頭でもお話しましたが、転職活動している際に、沖縄出身だからという理由で提示される年収が低かったです。
地方だから単価が低いという考えが納得いきませんでした。

そもそも大手から下請けへ仕事が流れていき、その間でマージンが取られて下請けの儲けは少なくなる、という構造が新入社員時代から嫌いでした。
このピラミッド構造は今後崩壊させたいと思っていました

そのためには、下請けの中小企業が受注案件に頼らず、自らサービスを作り発信していかなければいけないと思っています。

そしてこの考えは中小企業に限らずフリーランスもあてはまっていて、むしろフリーランスの方が柔軟に対応できると思っているので、私はフリーランス化を進めているのです。

フリーランス化は手段であり目的ではない

ーー自らサービスを作り、それを発信していく。これは宮城さんのスモールビジネスに通づる物がりますね。

宮城さん:そうですね。フリーランスSEの方はフリーランスになって満足してしまう方が多いです。
私が推奨しているのが、フリーランスになってからさらにその先のセカンドキャリアを考えて欲しいと思っています

私の場合はキャリアコンサルが一番やりやすいスモールビジネスとしてありましたが、現在はその他にも色々やりたいことはあります。

なのでフリーランスSEの方も第2の収入源を見つけて、受注に頼らないフリーランスを目指して欲しいです。
第2の収入源があれば、もしフリーランスSEとしての仕事がなくなったとしても、生活していくことができます。
今後フリーランスSEとしての仕事がなくなったときの心配をしなくても良いのです。

次は地方再生

ーー次にやりたいことはありますか?

宮城さん:地方のビジネスに興味があります。
地方から個人を応援できるようなビジネスを考えています

私が沖縄出身なので沖縄がイメージしやすいのですが、沖縄、特に那覇なんかは結構都市部になっているけど時給が安いんです。

なので沖縄の素材、人を上手く活かして、沖縄を売り出していけたらと思っています。
沖縄から情報を発信して東京の企業や個人からお金を貰うことだって全然ありですよね。

例えば、ブログで収益を得ている人や、ノマドワーカーが沖縄に集まればとても楽しいと思うんですよね。
別に沖縄に永住しなくてもよくて、2、3ヶ月滞在して、その体験記を発信するだけでも楽しいと思っています。

最後に

ピラミッド構造は必ず崩壊するので自ら発信することが大切

ピラミッド構造崩壊の話をしている宮城さんの熱い気持ちが伝わってきました。

現在ブラック企業で務めていて高稼働、低収入のあなた。
フリーランスで仕事を受注しているあなた。
考え直してみて下さい。